LINEヤフー株式会社は、生成AI元年と呼ばれた2023年から「生成AI統括本部」を新設し、3年で業務生産性2倍というKPIを全社に課してきました。現在では8〜9割の社員が毎日生成AIを業務で使い、議事録作成や調査・資料作成の工数は10分の1にまで圧縮されているといいます。シンシアリーは同社の推進初期から共同で教育プログラム「Generative AI bootcamp」を設計するなど伴走してきました。本記事では、社内のAI活用推進を担う越川氏に伺ったインタビューを通じて、同社が"会社の文化"として生成AIを定着させるまでの戦略を紐解きます。「AIを使わないこと自体が経営リスク」——3年で生産性2倍のKPI最初に越川氏が語ったのは、経営層から発せられた一つのメッセージでした。会議室のスクリーンに映されたその言葉は、生成AI推進の出発点を象徴するものでした。「LINEヤフー株式会社では、2023年——本当に生成AI元年と呼ばれる3年前から、いち早く生成AIを業務に取り入れる、サービスにするのだというところを、経営陣が本当に率先して話を挙げておりました」。越川氏はそう振り返ります。経営層は、生成AIを使わないこと自体がインターネット企業としての存続にかかる経営トップリスクだと位置づけました。その上で、3年で業務生産性を2倍にするという明確な数値目標を全社の公式KPIに掲げます。「曖昧な掛け声」ではなく、経営戦略のトップアジェンダとしてコミットメントを示したことが、その後のあらゆる施策の土台になっていったといいます。多くの企業が「とりあえずAIを使おう」というスローガンに留まる中で、何のために・どこまでやるのかを定量的に経営が宣言できるかどうか。ここがLINEヤフーと他社を分ける最初の分岐点でした。三位一体アプローチ:経営コミット × 専任本部 × 全社員義務「三位一体アプローチ」というキーワードが越川氏の口から出たとき、これこそが同社の推進構造の核だと感じました。経営の覚悟、専任部隊、現場の実行——その三つが揃って初めて、文化は動き始めるのです。LINEヤフーが生成AI推進を回すために組んだのは、次の三つの要素を組み合わせた体制です。明確なKPI(3年で業務生産性2倍)社内横断のワンストップ体制を担う「生成AI統括本部」全社員にAI活用業務を課す義務化施策「経営層が大きな目標を掲げるけれども、ミドルとして推進していくような専任部隊がいないと、どうやってAIを使えばいいのか、どう学べばいいのかというところが浮いてしまう」とシンシアリー代表の國本は補足します。生成AI統括本部は、ツール導入・環境整備・教育・ガバナンスを一手に担う横断組織として立ち上がりました。経営のメッセージを現場に翻訳し、現場の声を経営に戻す結節点として機能したのです。なお同本部は、2025年から「経営戦略CBU」(2026年2月時点)という上位組織にミッションを統合され、社内業務効率化と社内外サービスへのAI実装をともに見る体制へと進化しています。守りから整えるガバナンス——99%受講率のAI倫理研修ガバナンスの話に入ったとき、越川氏の語り口が一段と熱を帯びました。「使ってもいいよ」と言われても、何を入れていいのか分からなければ手は止まる——その精神的不安をどう取り除くかが、推進の最大のボトルネックだったといいます。「使いづらいなというボトルネックの一つに、本当に使って大丈夫かという安全性の部分が、非常に精神的な不安として大きく出ていた」と越川氏は当時を振り返ります。そこで同社が徹底したのが、有識者構成によるAI倫理基本方針の策定です。プライバシー保護、公共性・公平性、透明性、安全性といった観点をすべてフォローしたうえで、リスク管理の所在を明瞭化しました。社内導入済みAI以外の外部AIを使いたい場合は、必ず申請して管掌承認を受ける厳格なフローが敷かれています。さらに、全社員必須のガバナンス研修を設け、未受講者は社内のいかなる生成AIツールも利用できない仕組みにしました。その結果、研修の受講率は99%に到達。リスク啓発と心理的安全性の確保が同時に進んだことで、「ここまでなら入れていい」という線引きが社員の中に内在化していきました。攻めの推進は華やかですが、守りの仕組みが先に整っているからこそ最新ツールを次々に導入しても現場が止まらない——これがLINEヤフーの特徴的な構造です。内製チャットAIから始めた「迷わせない」ツール戦略ツールの話題に移ったとき、越川氏は「迷わせない」という言葉を繰り返し使いました。技術選定の巧拙よりも、社員のストレスをいかに排除するかが重視されていたのが印象的でした。導入初期、同社が最初に展開したのは自社開発のチャットAIソリューションでした。「内製にした理由は、迷わせないためなんですね。セキュリティはどうすればいいとか、どのURLのAIにアクセスすればいいのとか、プラグインはどうしたらいいのという基本的な不安材料を、内製ソリューションを使うことで取り除く」と越川氏は説明します。「社内で展開しているものなので大丈夫」というシンプルなメッセージは、業務利用の頻度を着実に押し上げていきました。その後、同社は外部の主要LLMソリューションも順次社内環境に取り込みます。OpenAI、Anthropic、Google、AWSといった各社のLLMをセキュリティ要件を満たした形で利用できる体制を整え、ChatGPT Enterpriseに続いてGeminiも導入されました。ツール導入後の技術アップデートや社内環境整備、サービス連携のアイデアも、日次で共有され続けています。入口は内製で迷いを消し、その上で最新モデルを段階的に開放していく。この順番が「最新を入れているのに使われない」という事態を避ける鍵でした。教科書を縦型動画にする——Generative AI bootcampの中身教育プログラムの設計の話に差し掛かったとき、越川氏と國本は当時の試行錯誤を笑いながら振り返りました。「研修ってなると、すごい真面目な、パソコンの上で1時間聞くようなもので思われがちなんですけど、そんなものだと誰も見ないよね」——その共通認識からすべてが始まっています。環境を整えても、ツールを契約しても、社員が触らなければ宝の持ち腐れになる。そこで同社はシンシアリーと共同で、全社員が体系的に生成AIの知識と技術を学べる学習プラットフォーム「Generative AI bootcamp」を立ち上げました。設計上の工夫は徹底して「見たくなるコンテンツ」を狙ったことです。なじみの深い社員が登場するチュートリアル動画縦型動画で数秒〜十数秒単位の情報設計営業社員の「1日Vlog」で業務の中での使い方を可視化職種別トレーニングと実践力強化コンテンツ「縦型動画時代の中で、スクロールしてパッパッと情報がキャッチできるような数秒の縦型にして、いろんな知識を入れ込んでいくのが結構いいんじゃないか」と越川氏は当時のアイデアを振り返ります。結果として、認知と活用が短期間で広がり、アンケートベースでは生成AIを毎日使う社員が約8〜9割に達するまでに育っていきました。議事録・調査・資料作成を義務化「義務化」という言葉が出たとき、社内で反発はなかったのか——多くの読者が抱くであろう疑問を國本氏も投げかけました。返ってきた答えは、想像とはやや違うものでした。研修直後は誰もが盛り上がるものの、しばらくすると元の仕事の仕方に戻ってしまう。この「定着の壁」を越えるために、同社は2025年夏ごろから次のような業務を全社員に「AIを使ってやる」と義務化しました。議事録作成調べ物・社内外調査各種資料作成「義務化」と聞くと上意下達のイメージがありますが、越川氏によれば「むしろこの義務化は、ボトムアップで『何に使えばいいのかを具体的に示してくれ』と社員のほうから上がってきた声が結構大きかった」といいます。AIが得意な領域を会社が明示することで、「使うかどうか迷う」コストを取り除いたわけです。「資料を作成していくときに、今まで自分の頭で考えましたと言って出していくよりも、『これ、ちゃんとAI使った?』と聞かれるフェーズになってきた」——越川氏のこの一言が、文化が変わったことを端的に示しています。ハッカソンとAIアンバサダーで「身近な成功体験」を増やす義務化と並走して走らせたのが、ボトムアップ型の活用文化づくりです。越川氏の話を聞いていると、トップダウンとボトムアップが常に対になって設計されていることが伝わってきました。各部門から生成AIに以前から関心の高かった社員に声をかけ、AIアンバサダー/サポーターとして活躍してもらう仕組みを整備しました。彼らはランチタイムセミナーや、数千人規模の社内Slackコミュニティで活用事例やティップスを共有します。加えて、非エンジニア向けの社内プロンプトコンテストも開催されました。「エンジニアのものだけにならないように、非エンジニアが生成AIに対して主役になれる場を作ってあげる」という意図のもと、部署を越えて「あの人ができるなら自分もできそう」という空気を醸成していきます。数万人規模の組織でAI活用を広げるには、1人が10人へ、10人が100人へと拡散させる導線が欠かせません。身近な同僚のリアルな成功体験こそが、その最短経路になる——同社の現場運営は、その原則を徹底して具体化したものでした。新卒は入社前から生成AI研修——AIエージェント企業への変革将来像の話題で、越川氏は明確に「AIエージェント企業への変革」という言葉を使いました。インターネットサービス企業から、AIエージェント企業へ。この宣言の重みを感じたインタビューの終盤でした。LINEヤフーでは、AI人材教育を入社前から開始しています。新卒・新規内定者には、入社前に生成AI研修を必須化し、実践トレーニングで実戦力をつけた状態で現場ジョインさせるプログラムが組まれています。「弊社としては、インターネットサービス企業というところから、まさに本当に今の時代、AIエージェント企業に生まれ変わるというところで未来像を描いています」と越川氏。大学生のレポートでほぼ100%生成AIが使われている現在、新卒のAI活用前提は採用市場のリアルです。入社前から生成AIの研修を受けた即戦力人材を受け入れる体制があれば、新卒は「長く育てる存在」から「すぐに価値を出す存在」へとアップデートされます。同社が描く未来像は、組織だけでなく人材育成のあり方そのものを書き換えるものでした。「100人が100通りのプロンプトを打つ」——AI時代の人の介在価値最後の質問は、AIがここまで仕事に入り込む中で、人間の介在価値をどう説明しているか——重い問いに、越川氏は静かな声で答えました。その内容は、AI推進担当者だけでなく、これからAIと働く全員にとってのヒントになるものでした。「AIは仕事を奪うものではなく、新しい仕事を創出させる一つのツールだと思っています」と越川氏は語ります。その上で、プロンプトという行為そのものに人間の創造性があると指摘します。「こうやって入れればいいよ」という型はいくらでも作れる。しかし、「こういうことをしたいから、あなたはどういうプロンプトを入れますか」という問いには、100人いれば100通りの答えがあります。「その中で、この人はこういう入れ方をしているんだという、そこに価値を見出していて、そこからまた新しいものが生み出されていく文化もできる」。AIを使うことがアウトプットの均一化ではなく、個別差の表出に繋がる——この発想こそが、LINEヤフーが推進してきた「文化としてのAI」の本質でした。まとめ:魔法のツールではなく、地道な打ち手の組み合わせLINEヤフーの2年強の歩みを一気通貫で振り返ると、特定の魔法のツールや派手なPoCではなく、経営の覚悟・専任部隊・教育・ガバナンス・義務化・コミュニティといった地道な打ち手を、矛盾なく組み合わせ続けたことが分かります。シンシアリーは今後も、こうした全社的なAI活用推進・定着支援に伴走してまいります。AIを使わないこと自体が経営リスクである——この前提を共有できる経営層と現場が増えることが、日本企業の生成AI推進を次のフェーズに進める鍵になりそうです。社内の生成AI推進・全社定着にご関心のある方は、まずはこちらからお気軽にシンシアリーにご相談ください。